2019 08.20 tue

マノアチョコレート
オーナー・ディラン
インタビュー~前編

Dylan Butterbaugh, the Founder
This Is How He Started Manoa Chocolate #01
MANOA CHOCOLATE

「実家はこの店から5分くらいのところ。カラマビーチっていう、カイルア湾のちょうど真ん中あたりにあるビーチからすぐの場所だよ」
2010年に「マノアチョコレート」を創業したディラン・バターボー。父方の祖母がいまの場所に家を買ったのだそうです。生粋のオアフ島カイルア育ち、4歳、5歳のころにはすでに父に連れられてサーフィンに出かけていたとか。「サーフィンはすぐ大好きになったんだけど…5時前にたたき起こされるのだけは嫌だったなぁ(笑)」。

林業の夢は、いまにつながる?

小さいころは、将来の夢がいろいろあって、どんどん変わっていったといいます。
「プロサーファー、消防士…林業がいいなぁと思ったこともある。考えてみれば、『木を植える』ってことは、いまにつながっているよね。カカオツリーを植えてるんだから(笑)」
ハワイ大学に入学しますが、当初は何を勉強したいのかなかなか定まらず、「スペイン語圏の国でサーフィンできるくらいの語学力がほしいな、って、スペイン語を専攻したんだ」。なんともご機嫌な動機に思えますが、のちに半年近くチリに留学までしてしまったというから、その行動力はさすがです。

税金を払うために借金

その後同じ大学でハワイ産カカオの研究をしている友人と出会ったことをきっかけに、マノアチョコレートを創業したディラン。その際の苦労話は以前の記事でも少しご紹介しています。
「お金がない、チョコレートの作り方がわからない、ビジネスについても知らない。この3拍子は、どう考えてもいいコンビネーションじゃなかったよね(笑)」
それでも、まずは学生ローンで30万円借りるところからスタート。ビジネスのやり方は、「もうひたすら実践あるのみ!」で学んでいったといいます。
「税金を払わなきゃいけない、ってこともよくわかってなかったから。あとから気づいて、税金を払うためにさらに借金したり…もう本当にいろんなことがあったよ」

クラフトチョコブームが救世主?

たった1日の休みをとるまでに、気づけば1000日働き続けた時期もあったというディラン。「Swim or Sink」、泳ぎ続けるか沈むか――。英語で「いちかばちか」を意味するそんな言葉を、インタビュー中何度も口にしました。そんな彼を後押ししたのは、世界的に広がりを見せつつあった「クラフトチョコレート」ブーム。次回に続きます。

この商品にまつわる出来事

BRAND ブランド紹介

MANOA CHOCOLATE
マノアチョコレート オアフ島

オアフ島カイルアにあるビーントゥバーのチョコレートメーカー。ハワイをはじめ世界中から集めた良質なカカオを使い、豆からバーになるまで一つひとつ丁寧につくり上げています。原料となるカカオ豆は、すべて農園からサンプルを取り寄せて味を確かめてから購入。それぞれの豆の個性に合わせて焙煎を調整するというこだわりようです。