2020 03.10 tue

ホッケー選手から
酒造りの世界へ?
コーリーの半生

Shifted from Playing Hockey to Distilling?
The Story about Cory, the Master Distiller
HALIIMAILE DISTILLING

「小さいころの夢? アイスホッケーの選手になることしか考えてなかったよ」
マウイ島「ハリイマイレディスティリング」のコーリー・ニグバーはそう笑います。ハリイマイレ・ディスティリングは蒸留所。広大な畑で育つマウイゴールドパイナップルを使ったさまざまなスピリッツをつくっています。昨年9月に、父マークから「主任蒸留士」の名を引き継いだばかりのコーリー。その表情にはやる気と責任感が満ちていました。

夢はプロホッケー選手

「5歳から18歳まで、アイスホッケー漬けの日々だったよ。父はその頃コロラドでアイスホッケー用品のビジネスに携わっていたしね。僕はアラスカのジュニアリーグでプレイしてたんだ」
お父さんのマークは、ビジネスアイデアに満ちあふれたとてもおもしろい人なのですが、彼の詳しい人生はこちらの記事から。父マークがあるできごとをきっかけに、ホッケービジネスから蒸留の世界に足を踏み入れるのと同時に、コーリーもホッケー以外の道を考えるようになったといいます。

きっかけは父の誘い

蒸留を始めた父マークが、一緒にやってみないか?と息子に声をかけたのが2005年。コーリーが18歳のことです。
「振り返ってみると、あのとき蒸留の世界に入ったのは正しい選択だったと思うよ」
その後2007年4月に、家族はアメリカ本土からマウイ島へ移住。その糖度の高さと酸度の低さで知られるマウイゴールドパイナップルの畑が広がるこの場所で、ハリイマイレディスティリングをスタートすることになったのです。
「こんな美しい島に住んで、仕事ができるなんて。喜びしかなかったよ」
コーリーは前向きな青年です。

変わるもの、変わらないもの

ビジネスにおいても、ものづくりにおいても、天才的なアイデアマンといった印象のマーク。そんな父から主任蒸留士を引き継ぐことは、コーリーにとって重荷ではなかったのでしょうか。
「マスターディスティラー(主任蒸留士)になったからといって、仕事面で大きな変化はなかったよ。18から蒸留を学んできたからね」
でもいざ継ぐとなったときには、やっぱりとってもすごくエキサイティングで、感動的なできごとだったと、コーリーは数か月前を振り返ります。
「僕にとって主任蒸留士であるということは、自分たちが生み出す商品、そしてそれを楽しんでくれる人々にありったけの敬意を払う、そういうことだと思うよ」
この若き蒸留士の今後に注目です。

BRAND ブランド紹介

HALIIMAILE DISTILLING
ハリイマイレディスティリング マウイ島

マウイゴールドパイナップルの畑のすぐ隣にある蒸留所。看板商品は、マウイゴールドとマウイ島の天然水でつくるパイナップルウォッカ「パウ」です。これをケンタッキー産3年熟成のバーボンとブレンドし、さらに熟成させたパイナップルウイスキー「パニオロ」も大人気。2019年にリタイヤした父の跡を継ぎ、コーリー・ニグバーが主任蒸留士を務めます。